2009年02月09日

科学の子

先日、手塚治虫さんの特集をBSでやっていました。彼の没年、まだ小学生だった私の世代では、既に様々なメディアが世に氾濫していて、私も手塚漫画だけにどっぷりとはまったわけではありませんでした。ですが、それでも「三つ目がとおる」「火の鳥」「ブラックジャック」「ブッダ」「鉄腕アトム」などは当時でも大きな衝撃を受けた作品だったに違いありませんでした。そんなふうに世代を超えて万人に愛される彼の漫画、そして彼自身の生き方をどんなドキュメントで斬っていくのだろうと興味津々に特集を観ていました。

彼の生い立ちや愛したもの、21世紀を見据えてその子供たちに伝えた言葉や風景・・観れば観るほどに私の中で或る誰かを思い出さずにはいられませんでした・・ん、誰と似てるんだろう・・?
それは歴史小説家の司馬遼太郎さんでした。
彼もまた、私が小学生の頃にこの世を去っていますが、全人的な愛情や、人間をはじめとする生物に対する深く鋭い観察と感受性、そしてなにより “生きる” と “死ぬ” という現象の狭間にみる葛藤とその壁に突き当たっていました。
20世紀という激動の100年が送り出した2人の偉人の共通点は
 @誰よりも真摯に人間というものについて触れ、
 Aどんな物事についてもよく考えている
だからこそ、カテゴリは違えど似てくるのだろうなと思いました。

(因みにというか実は、私の生家は司馬遼太郎さんの自宅ととっても近く、“司馬のおじさん”といっていたくらい幼い私には近い存在でした。逝去後、大人たちのいう彼の高名を思い知るのですが、今となってはもっとたくさん色んなことを訊いたり、話しておけばよかったと思っています。)

―ともあれ、考えることは正しいのか?
答えは “Yes” だと思います。

無論、考え過ぎも身体に良くないのですが・・物事について深く考えることが出来るからこそ、人間は再生し、より進化することができるのでしょう。
posted by jiji at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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